江戸はえェどう    HOME

江戸文化を独自の視点で絵と共に取り上げています。

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

牛車

車輪に神経質だった江戸幕府

江戸の町では車の付いたものは牛車と大八車しか許されてなく
その大八車も牛飼いと馬子の仕事を保護するため、数を制限されていました。
牛車は京では古くから使われていて、江戸では増上寺普請のため
京から牛持人足がよばれ、今の高輪の近くに住まわせ
「牛町」とか「車町」と言う名の町がありました。
人を乗せる馬車も技術的には可能で、申請した者がいたそうですが
幕府は許しませんでした。
とにかく人が早く移動する事を恐れていたようです。
つまり、世の中が変ること、進歩、外様大名の反乱などなど‥‥‥
まあ‥でも、東海道に馬車が走らなかった事で、人が歩くには滑らかな
いい街道が長い時代維持されたんでしょうね。
gyuusha.jpg 
                      ©Illustration by Daisuke Ota
スポンサーサイト

| ● 江戸のお話色々 | 10:20 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://edobunka.blog.fc2.com/tb.php/9-0617f8f2

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。