江戸はえェどう    HOME

江戸文化を独自の視点で絵と共に取り上げています。

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

飛脚

チリンチリンの便り屋

江戸時代の郵便屋と言うと「飛脚」の言葉が浮かぶと思いますが、本来の飛脚は
「三度飛脚」と言って、大阪と江戸を月に三度便があった事から、そう言われ、その姿
は馬に乗って手紙や荷を運んだ、ノンビリしたものでした。その飛脚が冠った事から後
に「三度笠」なんて言葉も生まれました。後に三度では済まなくなり、「常飛脚」と
言われる様になりました。
町中では、「町飛脚」って言葉もありますが、この絵の犬助の様に、「便り屋」と言う
手紙を届ける商売がありました。鋏箱に通した棒の先に風鈴をつけて、別名「チリンチ
リンの便り屋」とも言われましたこのチリンチリンの音に、胸躍らせて、恋文を託し
た人も少なくなかったでしょうね。しかしこの商売、江戸も安政元年(1854年)に
始まったと言いますから、翌年黒船が来た事を考えますと、お気楽な時代には存在しな
かったんですね。でもこんな「便り屋」など必要でないほど、お店では丁稚や手代が店
の使い走りとして、町中走り回りました。

ちなみに、この絵の鹿が水を汲んでいる井戸は「水道井戸」で、玉川から引いた水を
江戸町地下に埋めた水道管(石樋、木樋、竹樋など)を経由して運ばれた水です。
地下水を掘った井戸は、「深井戸」とか「堀抜井戸」または、「堀切井戸」
と言いました。

●豆知識
茶屋にも「芝居茶屋」「水茶屋」「料理茶屋」「引手茶屋」「相撲茶屋」などなど
ある様に、飛脚にも「三度飛脚」「継飛脚」「町飛脚」「飛脚屋」と様々な名前が
ありました。早馬を除いて、一番早いのが、幕府の公文書を運ぶ「継飛脚」で
した。10キロづつを駅伝マラソンの様に継いで行き、江戸大阪間を約65時間
で行ったと言います。




象吉は向かいの楓師匠にすっかり惚れてしまいました。
便り屋の犬助はまだその事を何も知りません」


                                                 Text&Illustration by Daisuke Ota
スポンサーサイト

| ● 江戸のお話色々 | 07:35 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://edobunka.blog.fc2.com/tb.php/54-3bce7147

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。