江戸はえェどう    HOME

江戸文化を独自の視点で絵と共に取り上げています。

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カワウソ

 奇麗だった川

「せっ、船頭さん!これはいったいどうなってるんだい?」
「へいっ、この船は櫓をこがなくても動く仕組みになってやす」
「なんだって?‥そっ、そういえば、あんた船先にいるし、両手は空いてるね‥」
「へいっ」
「櫓も竿も帆もなくて、どうして船が動くんだいっ?」
「へへへっ、そいつァ、内緒で‥‥」
「そういわず、酒手は弾むから教えてくれっ、殿が知れば出世していただける
 やもしれん」
「あっしの力を出世の道具につかおうってのかい?
 そうは問屋がおろさねェよっ」


「江戸の自然誌」を読むと、江戸時代は浅草の反対岸にある「源森橋」(源兵衛橋)
の辺りにカワウソが生息していたそうです。現代でいうと、ちょうど浅草松屋の
向う岸辺りですから、今ではとても考えられない場所です。
江戸時代は川も奇麗で、そんな所にもカワウソが住んでいたのですね。
このお話は、渡し船の船頭がカワウソに船を引っ張らせ、客をビックリさせた話です。
この近くの日暮里辺りでは、丹頂鶴も舞い降りたそうですから、現代の東京と江戸は
緯度と経緯が同じだけで、全く違った所と思った方がいいかもしれませんね。
なんたって、隅田川の水で酒まで作っていたんですからね‥‥。

●豆知識
隅田川は、浅草近辺で「浅草川」と言ったり、大昔観音様が見つかった事から
「宮戸川」なんて呼び名もあります。その他下流部分は「大川」なんて
言い方もします。小説などではこの言い方が多いですね。
ぼくもこの呼び方が好きです!
その大川に掛かる橋だから、吾妻橋(東橋とも書く)は別名「大川橋」とも言いました
江戸の人は同じ川の名前でも色々と楽しんでいたんですね。
「現代の馬鹿な役人は地名をつまらねェ名前に統一しやがって、情緒もへったくれも
ねェってんだいっ!えーっ、どうしてくれるんだいっ」


    福音館書店・母の友挿絵より ©Illustration by Daisuke Ota
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| ● 江戸のお話色々 | 10:27 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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